八嶮伝 ―村雨ノ結―







「・・・何?」


 つい、と目の前に差し出された一輪の椿に、荘助はそう返すのが精一杯だった。


「浜路が君にあげるってさ、良かったね」


 そう言って椿の花を手渡してくれた小袖の少女は、「ちゃんと御礼を言わないとね」とそのまま荘助の腕を引き

走っていった。荘助もつられて走り出すが、貰った花だけはしっかと手にしていた。

 信乃は小袖から提げた村雨を邪魔そうに引き上げたが、またずり落ちている。

 彼女は決して村雨を手放す事はなかった。祖父の言った『機が来たら動け』という言葉をただ只管心に置き、

日々を過ごしていた。



  それにしても、まだ10になったばかりの女の子がこんな重い物を持ち歩くなんて・・・



 無理をしているに違いなかった。それでも、荘助は彼女の顔から笑顔以外見た事がなかった。その笑顔には

種々あったが、弱みを見せるような事はしなかった。

 信乃が何度か先程の動きを繰り返した頃、流石に見兼ねた荘助は恐る恐る声を掛けた。それに応じて信乃が

立ち止まると、荘助は自分の袖を捲くっていた肩紐を外し信乃に差し出した。


「この紐で刀の両端を結って肩に掛ければ、少しは歩きやすくなると思うんだけど・・・」


 荘助の言葉を聞いた信乃は、腰の刀と荘助に差し出された紐を交互に見遣っていた。

 説明が悪かったのだろうか、と荘助は言葉を探してあたふたとしていたが、漸く黙っていた信乃が口を開いた。


「僕は存外不器用でね、そんな細かい事やってられないよ」


 なら自分が、と出掛かった言葉を、荘助は即座に呑み込んだ。



 彼女が【額蔵】に刀を渡す筈がなかった。



 まだ従者に付けられてそう日は経っていない。おまけに自分は大塚から来た従者だ。刺客か何かだと思われ

ていて当然だった。

 ところが彼女はいつのも飄々とした様子でこう言うのである。


「だから君がやって」


 予想だにしない言葉に、荘助は耳を疑った。試されているのかと、今度は荘助が信乃と刀を交互に見遣る。

 どう言葉を返して良いのか、本当に刀を受け取って良いのか、判断に困った荘助が信乃の顔色を窺えば、どう

にも挑戦的な笑みを返してくる。

 確かに、この刀を持って大塚夫婦に手渡せば、自分はあの家から解放されるかもしれない。荘助にとってそれ

はこの上なく魅力的な事であった。

 が、目の前の人物から逃げ切れる保証も無い。捕まれば、恐らくこの人は何の躊躇いも無く刀を振り下ろす。

 それより何より、荘助は信乃を裏切りたくなかった。

 初めて会った時、自分の名前を教えてしまった時も、同じ気持ちであった。

 そうして、荘助が信乃の差し出す刀に手を掛けようとしたその時、突然信乃が荘助の胸に倒れ込んで来たの

である。

 荘助は突然の事に彼女を支えきれる筈もなく、二人揃ってすっ転んでしまったのだった。


「全く荘ちゃんがとろとろしてるから・・・」


 信乃が三人だけに聞こえるような声でそう言うと、先程は見えなかったが信乃の背からひょこっと綺麗に着飾っ

た少女が顔を出した。


「浜路が待ち切れずに来ちゃったじゃない」


 大塚の養女である浜路は息を切らして、信乃の腰に抱きついて一緒に倒れこんでいた。大方、荘助を呼びに

行ったまま中々帰ってこなかった信乃を見つけて、勢い良く抱きついてきたのだろう。


「浜路、怪我はない?」


 信乃の問いに浜路は何度も頷き返した。

 浜路は口が利かなかった。いつからかは定かでない、ただ大塚の家に引き取られた時にはこの様であった。

 それでも、信乃のあとにちょこちょことついて回る姿を、荘助は可愛らしく愛おしく思っていた。


「今日は浜路が弁当を持って来てくれたから、三人で河川敷に行こう」


 すっと起き上がると、信乃はそう言った。

 そして「額蔵はそこでさっきの続きやってね」と付け加えた。





  -○-





 それから数年が経っても、信乃はその時の肩紐で刀を差していた。


「信乃さん、もしかしてあの時俺を試した?」


 荘助が何度そう問うても、信乃は笑うだけでまともに返そうとはしなかった。


「ただ、あの時、荘ちゃんが村雨を持って逃げてくれてたら、僕は自由に成れたかも知れない・・・」


 そう呟いた彼女の小さな本音を、荘助は聞こえなかったふりをした。
















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■痕餓鬼

やっぱり続きました(そんなノリですか
このお話、荘助の一人称で書いて行った方が、書きやすいんですが
いざ、現八と出会うシーンやらになったら、信乃さんの一人称とか無理なんで
今のうちに慣れとこうかと思い、無茶しました(エェ

実際この二人は、幼少の頃の生活が満更でもなく。犬士だったからといって、嬉しい訳でもなけりゃ
信乃さんに至っては、煩わしいとさえ思っているんだと思います。

やっぱり犬塚信乃って、原作ではおっとりした感じのキャラで書かれてるんでしょうか?
まさか原作までは読んでないんで、忠実に訳された物を読んだ位なんですが。
そういう感じに訳されてる事が多いんで・・・。
まぁ、こんな信乃さんが居ても良いか☆(開き直ったよ












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